最期の2週間 その3

11月4日
2時間程度うとうとしたのか、パパには起きてレイラの散歩に行ってもらう。
私はサラに寄り添って、ずっと顔を見ていた。

レイラのご飯をあげ、家事をして気を紛らわすけれど、
こみ上げてくるものに耐えられず、堰を切ったようにワーーっと泣き叫ぶ私。
波のように押し寄せる悲しい激情。
そのたびにサラの遺体に寄り添い、ふわふわの毛を触って気持ちをなだめる。
このまんまサラをここに置いておきたい。
こうしてずっと触っていたい。
そんなことは許されないけれど。

パパは何日置いてもいいよ、と言ってくれた。
もちろんキレイなサラのまま見送らなきゃいけない。
明日の昼前に火葬を頼んだ。

夕方、ぷちママがぷちとオスカーを連れ、ディスク大会の帰り道に寄ってくれた。
ぷっちゃんとサラは幼少のころからのお友達。
すごく仲良し、というのではないけれど、どこか似ている点がたくさんあって、
小さなころによく遊び、喧嘩もせず、いろんなところに一緒に行って競技に参加したものだ。

レイラはぷちママ一行に大歓迎、レイラなりに不安いろいろ感じているんだろう。
私たちもマイペースに動き回るぷちオスに大笑いさせられ、癒された。
お別れにきてくれてありがとうね。
サラは多分ぷっちゃんがとても好きだった。
こんな悲しい日にたくさん笑ったよ。


11月5日
昨夜はもうサラを仏間に置いて、レイラとベッドに入った。
そして朝いちばんで花を買いにいき、
火葬の時間までずっとサラを抱いていた。
死後硬直していた体はまたゆるんできて、ふんわりしたサラ。
抱っこしているとまた眠っているみたいに可愛い。

お別れのとき、サラを花で埋め、私が一番最初にサラに作った洋服、
大好きなピーピーボール、シャボン玉、おやつを入れた。
何日も食べてなかったから、道中すぐにも食べたかもね。
11時半、サラはハービーの待つ虹の橋に向かって駆け上っていった。
サラのことだから、寄り道してないかなぁ。ちゃんとみんなに会えたかなあ。

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サラ、何もできないママでごめんね、助けてあげられなくてごめんね。
でもせっかち過ぎたよ。ママは心の準備ができないままだったよ。
こんなママを信じて頑張り続けてくれてありがとう。

とても誇らしい娘だったよ。
たくさんの武勇伝もあるけれど、それもひっくるめて
すべてが愛おしい存在だったよ。

本当にたくさんの愛情をありがとう。
一日も早く生まれ変わって またママのところに会いに来てね。
一日も忘れずに待っているから。

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闘病が始まって以来、短い時間にたくさんの方に励ましのコメントやメール、
お電話でのアドバイスなどいただきました。
皆様から見たら間違いだらけのことをしていたかもしれません。
でもサラと私たちは精一杯戦いました。
色々なとこは悔やんでも悔やみきれないけれど、
その失敗も含めて、皆様がそんなことにならないように、書き残しました。
サラのおかげでたくさんの友人を得、
サラの思い出を持って一緒に悲しんでくださる皆様に感謝いたします。
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by herbiehancockjr | 2012-11-06 12:07  

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